【2人用声劇台本】雨山の僧侶
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上演時間 約5分
【登場人物】
僧侶……古い寺でただただ降る雨を見つめるだけの、黒い衣服を身に纏ったお坊さん。
青年……僧侶のところに突然現れた不思議な青年。
【あらすじ】
僧侶は古いお寺の縁側でただ1人、雨が降る様子を眺めていた。するとどこからか現れた青年が声をかけてくる。青年は僧侶に興味を示し、色々と聞いてくるが僧侶の方は昔のことどころか、自分が何者なのかも覚えていなかった。
(雨が降る山奥。そこにあるボロボロで埃だらけの寺の縁側で、黒い衣服を着た僧侶がぼーっと降り続ける雨を見つめている。そこへいつのまにかやってきていた青年がやってくる)
青年 真っ黒な衣のお坊さん。生憎な天気の中、こんな山奥で何してるの?
僧侶 驚いたな。こんな山奥に人がやってくるなんて。人を見たのはいつぶりだろう……
青年 お坊さん、本当に驚いてる?感情が言葉に追いついてないよ。
僧侶 驚いているか……と言われてしまえば私は驚いていないのかもしれない。驚きどころか、私は感情がどんなものだったのか忘れてしまっているから。
青年 そりゃこんなずっと雨が降ってる薄暗い山の中に1人でいたら感情なんて忘れちゃうよ。僕、道わかるから一緒に麓まで行こうか?
僧侶 そうしたいところだけど、どういうわけか、私はここから離れることができなんだ。
青年 どうして?
僧侶 わからない。何かが私を引き留めているんだ。動くことができない。
青年 不思議だね。ここで何かあったの?
僧侶 それが思い出せないんだ。ここは一体なんなのか、自分は何者なのかもよくわからない。だから私はここで、ただ降り続ける雨を眺めることしかできない。この雨を見ていると不思議と安心するんだ。
青年 雨が好きな人って少ないけど、雨ってとっても大事だよね。川の水も枯れちゃうし、ずっと雨が降らないでいたら草木も枯れちゃう。
僧侶 ……そうだね。
青年 この山ってちょっと前まで雨が全く降らない場所だったらしいよ。その頃には村もあったりして。
僧侶 村……?
青年 それがいつからか、雨雲が山を覆い続けて、麓の人たちはここのことを「雨山」って呼んでるらしい。
僧侶 ……
青年 どうしたの?随分険しい顔をしているように見えるけど。
僧侶 ……村……ここには人が住んでいて、雨が降らないことをずっと悩んでいた……
青年 何か思い出した?
僧侶 ……わからない……
青年 ……君に、思い出す覚悟はある?
僧侶 え?
青年 過去のことを、自分のことを思い出す覚悟。
僧侶 ……思い出したい。自分が何者なのか、ここで何があったのか……
青年 その望み、僕が叶えてあげる。(青年が僧侶の両手を取る)
青年 『一昔前、この山奥には小さな集落があり、山の恵みと共に、人々がひっそりと暮らしていた。山奥でありながら村人たちは何不自由なく暮らしていたが、ある時から全く雨が降らなくなってしまった。雨が降らなければ川の水も枯れて、植物も育たなくなってしまう。村人たちはどうしたものかと途方に暮れていた。そんな時、山を降りていた男が帰ってきて、黒いてるてる坊主を持ってきた。「これは有名な僧侶から授かった雨乞いのための道具でこれを吊るしておけば、翌日には雨が降ってくる」そうだ。村人たちは早速その黒いてるてる坊主を村の寺に吊るした。翌日、男の言った通り、村の上空を雨雲が覆い、しとしとと雨が降ってきた。村人たちは大喜びし、雨が降る中、笠も被らず村はお祭り騒ぎだったという。しかし、男は村人たちに僧侶から言われた大事なことを伝え忘れていた。「雨が降ったら必ずてるてる坊主に感謝を伝えること。神酒で清め、川に流してやるのじゃ。これを怠ると、村は大変なことになってしまうからな」
案の定、村は大変なことになった。ひたすら雨は降り続き、植物は光を浴びることができずに枯れてしまった。それだけではなく村の近くでは土砂崩れが起きたり、水害が多くなっていった。人々はこの土地で暮らすのを諦めて山を降りた。寺に吊るされた黒いてるてる坊主を残して……』
青年 つまり君は人じゃなくて、黒いてるてる坊主の付喪神だってことだ。
僧侶 あぁ……全て思い出した。私は村の人たちの望みを叶えたというのに、ほったらかされてしまったんだ……悲しかったな……
青年 よし。じゃあ君が記憶を取り戻した記念に一緒に一杯どうだい?(いつのまにか手元に持っていた2つの盃を僧侶の目の前に置き、神酒を注ぐ)
僧侶 ……用意がいいな。それに昔のことを全て知っていた……君は一体何者なんだ?
青年 まあまあ。僕のことはいいから、いいから。さあさあ、飲め飲め。
(雨の音を聞きながら青年と僧侶は酒を飲む)
青年 ねえ、お坊さん。
僧侶 なんだ?
青年 雨を降らせてくれてありがとう。
僧侶 ……君には関係ないだろう。
青年 関係あるさ。この山に降った雨は川を降って麓の人々の飲み水になっている。お陰で麓の人たちは美味しい水を飲むことができてる。
僧侶 ……(目に涙が溜まっている)
青年 それに、僕は雨が好きなんだ。雨を降らせてくれてありがとう。
僧侶 う、うぅぅぅぅ
(僧侶は涙を流す。青年は僧侶を抱きしめ、背中をさする。)
僧侶 あぁ、そうだ僕はただ感謝して欲しかった。ただそれだけなんだ。
少年 君は使命を全うしたんだ。素晴らしいことだ。ずっと1人で苦しかったろう。もう休んで大丈夫だよ。
僧侶 あぁ。そうさせてもらうよ。それにしても……不思議な人に助けられたな。いや、君も人じゃないのかもしれないね……
(僧侶の体は次第に薄れていき、その場から姿が消える。それと同時に山を覆っていた雨雲が消え、久々に日の光が山を照らした)
少年 (晴れ渡った空を見上げて)あ、虹だ。
(了)
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